新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【6品目】ランチタイム地獄変
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」6品目
「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマの数々。「いつかあの時の〝外食〟の時空間」にあなたをタイムスリップさせてしまうかも・・・。それでは【6品目】「ランチタイム地獄変」をご賞味あれ!
【6品目】ランチタイム地獄変
フリーランスの仕事でよかったなと思うことのひとつは、満員電車に乗らなくていいことと、決められた時間に昼メシを食わなくてもいいことだ。「ひとつ」と言いつつ2つになったが、どっちも自分にとってはとても重要である。なんでわざわざ同じ時間に会社に行って、同じ時間に昼メシを食わなきゃいけないのか。しかも、ただでさえ混んでるランチタイムに何人もで連れ立って行くのは正直、理解に苦しむ。もっとも、自分の場合は都合3社、計約5年の会社員時代も出社時間や昼休みなどは比較的自由だったので、その手の混雑はあまり経験せずに済んでいる。
とはいえ、新卒で入った教育系出版社では、何しろ新入社員なので裁量権がなく、最初のうちは規定の昼休み――つまり12時から1時の間に昼メシを食うしかない立場であった。会社は飯田橋東口の五差路からほど近い場所にあり、神楽坂もすぐそこ。定食屋や中華屋はもちろん、喫茶店のランチもあれば本格イタリアンや小料理屋のランチ営業もあって、お店には恵まれていた。選択肢が多い分、混雑が集中することもなく、一部の人気店を除けば行列することもない。しかしながら、当方の財布の中身はお世辞にも恵まれているとはいえず、のり弁、牛丼、カレーがローテーションの3本柱であった。
その会社を10カ月でとっとと辞めて、中途採用で入った編プロに約1年、その親会社的な出版社に移籍して約3年。今考えれば完全にブラックな労働環境ながら、昼頃に出社して深夜、あるいは翌朝まで働く感じだったので、12時から1時の時間帯に食事をすることはほとんどなかった。食べるとしてもランチ営業が終わるギリギリか、通し営業の店で遅い昼食を取るパターンで、混雑とは無縁。主にバイク通勤だったので、電車の混雑とも無縁だった。
その後、フリーになって30年ほどが経つ。特定の編集部に通うこともなくなった今、昼メシはコンビニで買ってきたものを仕事場で食べることが多い。しかし、取材や打ち合わせなどで出かけた際に、食事のタイミングが昼休みに重なることもある。オフィス街だと、どの店もサラリーマンやOLで混んでいて、アウェイ感満点。そういう場合は何とかして空いてる店を探すか、空腹を我慢してでも時間をずらすようにしている。今はコロナもあるし、密な空間には入りたくないというのもあるが、とにかく混雑した店が苦手なのだ。
つーか、混雑した店が好きという人もあまりいないだろう――と思ったが、行列ができる店に並ぶ人はもしかして混雑好きなのか? 満席だから行列ができているわけで、自分の番が来て席に座ったらそれでまた満席。そして自分が食べ終わるのを何人もの人が待っている。いくら人気店の人気メニューでも、そんな状況で食べたらおいしいものもおいしくなくなるんじゃない? と、よけいな心配をしてしまう。
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